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  • 5月13日は、井上大輔が歌謡曲とアニメソングの橋を架けた才能を思い出す

    5月13日は、井上大輔が歌謡曲とアニメソングの橋を架けた才能を思い出す

    5月13日は、井上大輔の誕生日。グループサウンズの時代をくぐり抜け、のちに作曲家として歌謡曲やアニメソングに強い印象を残した音楽家だ。派手に語られすぎないぶん、日本の大衆音楽の流れを知るほど、その仕事の広さに驚かされる。

    1941年5月13日、井上大輔が生まれた

    井上大輔は1941年5月13日生まれ。ジャッキー吉川とブルー・コメッツのメンバーとして活動したのち、作曲家として本格的に才能を開花させた。とりわけ1970年代以降は、歌謡曲、ポップス、CM音楽、そしてアニメ関連の楽曲まで、幅広い領域で耳に残るメロディを生み出したことで知られる。「めぐりあい」や「哀 戦士」などは、作品世界とメロディの強さが幸福に結びついた代表例として今も語り継がれている。

    世代を越えて残る“親しまれる旋律”の力

    井上大輔の魅力は、一度聴くと記憶に残るメロディを作りながら、単純なだけでは終わらない情感を持たせるところにある。歌謡曲の文脈に根差しながらも、映像作品や物語に寄り添う力が強く、アニメソングや映画関連曲の印象を決定づける場面でも大きな役割を果たした。日本のポップミュージックが、テレビや映画と深く結びつきながら大衆へ広がっていった時代を考えるとき、井上大輔の仕事はまさに橋渡し役だったと言える。

    今日聴くなら

    今日はまず「哀 戦士」で、ドラマティックな旋律が映像の記憶とどう結びつくかを味わいたい。さらに「めぐりあい」まで聴けば、井上大輔が持っていたメロディメーカーとしての強さがよりはっきり見えてくる。5月13日は、歌謡曲とアニメソング、そして物語と音楽のあいだを軽やかにつないだ才能を思い出したい。

  • 5月23日は、Eveがネット発の感性をJ-POPの現在地へ押し広げた流れをたどりたい

    5月23日は、Eveがネット発の感性をJ-POPの現在地へ押し広げた流れをたどりたい

    5月23日は、インターネット発の音楽が一時的なブームではなく、日本のポップミュージックの本流そのものを更新してきた流れを思い出したくなる日だ。Eveはその象徴的な存在のひとりで、ネットの匿名性や自由さを保ちながら、アニメ主題歌や大型会場のライブまで表現の射程を広げてきた。

    5月23日は、Eveの歩みからネット発アーティストの転換点を考えたい

    Eveは5月23日生まれのシンガーソングライター/ミュージシャン。2009年頃からインターネットを中心に活動を始め、歌い手カルチャーとボカロ以後の感性を横断しながら支持を集めてきた。さらに2016年には自身で作詞作曲を手がけた初の全国流通盤『OFFICIAL NUMBER』をリリースし、ネット上の人気だけでは終わらない本格的なキャリアへ踏み出している。個人発信から始まった表現が、作品性を保ったまま広いリスナー層へ届くようになった流れを、日本の音楽史のひとつの節目として見るなら、5月23日はかなり象徴的な日付だ。

    アニメとMV時代のJ-POPに、新しい届き方を持ち込んだ

    Eveの重要さは、楽曲単体の強さだけでなく、届け方そのものを更新した点にもある。インクス・トゥエンターのプロフィールでも、代表曲として「廻廻奇譚」や「ファイトソング」が挙げられ、作品ごとに異なるクリエイターと組んだアニメーションMVが高く評価されてきたことがわかる。顔や私生活を前面に出すのではなく、楽曲、映像、キャラクター、世界観を束ねて作品として成立させる手法は、SNS以後の音楽リスナーの感覚と強く結びついた。しかもそれはニッチに閉じず、アニメ主題歌や大規模ツアーを通じてJ-POPの中心にまで接続された。ネット発アーティストが“周辺”ではなく“現在地”になったことを示すうえで、Eveの存在は外せない。

    今日聴くなら

    今日はまず『OFFICIAL NUMBER』に戻って、歌い手文化の延長線上からソングライターとしての輪郭が立ち上がる瞬間を確かめたい。そのうえで「廻廻奇譚」や「ファイトソング」を聴くと、Eveが持つメロディの吸引力と、映像時代のポップスとしての設計の巧さがよく見えてくる。親密さと匿名性、ポップさと少しの不穏さを同居させる感覚は、まさに今の日本のネット発音楽の強みそのものだ。5月23日は、Eveの誕生日をきっかけに、その広がり方をあらためてたどってみたい。

  • 5月16日は、ささきいさおがアニメソングを主役の歌に押し上げた歩みを思い出す

    5月16日は、ささきいさおがアニメソングを主役の歌に押し上げた歩みを思い出す

    5月16日は、ささきいさおの誕生日。日本のポップカルチャーを振り返ると、アニメソングが「子ども向けの添え物」ではなく、作品の世界観そのものを背負う歌として広く届くようになった転換点がいくつもある。その流れの中心にいたひとりが、ロカビリー歌手として出発し、俳優や声優も経験しながら、アニメソングの代表的な声になっていったささきいさおだ。

    1942年5月16日、ささきいさおが生まれる

    ささきいさおは1942年5月16日、東京都目黒区生まれ。1960年に日本コロムビアから「本命はお前だ」でロカビリー歌手としてデビューし、「和製プレスリー」の呼び名でも知られた。その後は俳優や吹き替え、声優の仕事も重ね、1972年には『科学忍者隊ガッチャマン』でコンドルのジョー役を担当。さらに1973年、『新造人間キャシャーン』の主題歌歌手に抜擢されたことを機に、アニメソング歌手としての存在感を一気に強めていく。もともとの歌手経験に、役者としての表現力と声優としての説得力が重なったことが、この人の強さだった。

    『宇宙戦艦ヤマト』『銀河鉄道999』が示したスケール

    ささきいさおの名前を日本の音楽史に刻んだ決定打として、やはり『宇宙戦艦ヤマト』と『銀河鉄道999』は外せない。どちらも単なる主題歌ヒットにとどまらず、作品の壮大さやドラマ性を、歌そのものが先導していく感覚を多くのリスナーに植えつけた。低く太い声でまっすぐ押し出す歌唱は、当時のアニメソングのイメージを拡張し、子どもだけでなく大人の耳にも届く“作品音楽”としての格を与えたと言っていい。水木一郎、堀江美都子らと並んで黎明期を支えた功績は大きいが、その中でもささきいさおは、ロマンや哀愁、英雄性を一曲の中で同居させる力が際立っていた。

    今日聴くなら

    今日はまず「宇宙戦艦ヤマト」を聴きたい。イントロの時点で物語が始まるあの高揚感は、今聴いても圧倒的だ。続けて「銀河鉄道999」に進むと、広い宇宙へ向かう憧れや寂しさまで歌に乗せられる人だったことがよくわかる。もしもう一歩たどるなら、『新造人間キャシャーン』の主題歌も面白い。5月16日は、アニメソングが日本の大衆音楽の中で確かな居場所を持つまでの歩みを、ささきいさおの声から聴き直したい日だ。