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  • 4月13日は、西城秀樹の誕生日から“スターが日本のライブ像を拡張した時代”をたどる

    4月13日は、西城秀樹の誕生日から“スターが日本のライブ像を拡張した時代”をたどる

    4月13日は、西城秀樹の誕生日。1970年代の日本ポップスを語るとき、彼は単なる人気アイドルでは終わらない。歌謡曲の熱量にロック的な身体性と大舞台のスケール感を持ち込み、“スターの見え方”そのものを更新した存在として振り返りたい日だ。

    4月13日生まれ、1972年3月25日に「恋する季節」でデビューした

    西城秀樹は1955年4月13日生まれ。Wikipedia では、1972年3月25日にRCAレーベルからシングル「恋する季節」で歌手デビューしたことが確認できる。翌1973年には「情熱の嵐」でオリコン週間チャートのベストテン入りを果たし、「ちぎれた愛」では自身初のオリコン1位を獲得した。ここで重要なのは、甘いアイドル像だけではなく、全身を使って歌うダイナミックなパフォーマンスが早い段階から支持されていたことだ。西城秀樹は、歌謡曲の王道路線にいながら、ステージ上ではもっと大きな熱狂を要求するタイプのスターだった。

    スタジアムと武道館が、ポップ・スターの器をさらに広げた

    Wikipedia によれば、1974年8月3日、西城秀樹は大阪球場で日本のソロ歌手として初のスタジアムでのワンマン・コンサートを開催している。さらに1975年11月3日には、日本人ソロ歌手として初の日本武道館公演も実現した。ヒット曲を出すだけではなく、“どこまで大きな空間を熱狂で満たせるか”という次元で日本のショー・ビジネスを押し広げた点が、西城秀樹の歴史的な大きさだと思う。後年のアリーナ級、ドーム級のポップ・ライブを当たり前のものとして受け取れるのは、こうした時代の挑戦が積み重なっているからだ。

    今日聴くなら

    今日聴くなら、まずは出発点として「恋する季節」。そこから「情熱の嵐」「ちぎれた愛」と進むと、スター性が一気に加速していく流れがよくわかる。さらに1979年の「YOUNG MAN (Y.M.C.A.)」までたどれば、西城秀樹が70年代の歌謡スターであるだけでなく、日本のポップ・エンターテインメントを巨大な祝祭に変えていった存在だったことが実感できるはずだ。