4月15日は、THE ALFEEの坂崎幸之助の誕生日。日本のロックがより大きな音へ向かっていった時代に、彼はアコースティックギターを手放さず、フォークの繊細さとバンドのダイナミズムを同時に成立させた。その独特の立ち位置は、日本のポップスにかなり大きな足跡を残している。
4月15日生まれ、THE ALFEEの出発点を支えた坂崎幸之助
Wikipedia によれば、坂崎幸之助は1954年4月15日生まれ。高校時代からフォークソング同好会を作るほどギターに熱中し、1972年に桜井賢らのグループ「コンフィデンス」と出会ったことが、のちのTHE ALFEEの母体につながった。さらに大学で高見沢俊彦と出会い、グループはALFIEへ改名。1974年8月25日にシングル「夏しぐれ」でデビューしている。坂崎の面白さは、単なる器用なギタリストではなく、フォーク、ビートルズ、ラジオ文化、話芸まで含めた“音楽の入口”を広く持っていたところにある。彼の誕生日を振り返ることは、その後の日本のポップロックの入口を見直すことでもある。
爆音の中でアコースティックギターを成立させた意義
THE ALFEEは1982年以降、いわゆるロックバンド編成へ変化していくが、坂崎はその中でもアコースティックギターを重要な軸として残した。Wikipedia では、大音量のステージでハウリングを抑えながらアコースティックサウンドを成立させるため、ヤマハの技術者と工夫を重ねたことが記されている。これは単なる機材話ではなく、日本のバンド音楽において“フォークの身体性を失わずにロックする”方法を示したということでもある。高見沢の華やかなエレキ、桜井の低音、そして坂崎のエレアコが重なることで、THE ALFEEは歌謡ロックともハードロックとも少し違う独自の輪郭を持った。そのサウンド設計は、後の多くのJ-POPやライブ文化にも通じる感覚だ。
今日聴くなら
今日聴くなら、まずは出発点として「夏しぐれ」。そこからTHE ALFEEの代表曲群へ進むと、坂崎幸之助が土台で支えてきたアコースティックの響きが、バンドの景色をどう豊かにしているかがよくわかる。さらに彼が参加したフォーク色の強いセッションやラジオ発の企画に触れると、坂崎が単なるバンドマンではなく、日本の音楽文化をつなぐ媒介者だったことも見えてくる。4月15日は、その柔らかなギターが日本のポップスに与えた広がりを思い出したい日だ。

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